2010年01月20日

音楽と演劇

去る16日(土)の事ですが。

母の通っているボイストレーニングの講師の方が
とある舞台に出演するとの事。

その舞台が、「サウンドノベル」という方式で
音楽と演劇を融合させた様なスタイルだと言うので、
似た様な事を花掘レでやってる身としては気になり、
一緒に観に行く事にしました。


ひどいもんでした。
最大の理由は演出があまりにチャチ過ぎる事ですが
(回想シーンで役者の声に風呂場みたいなリバーヴがかかったり、
ラストで光る宝石がタコ糸みたいなものでズルズル昇って行く所は、
もうギャグでやってるのかと思いました)、
僕が気になったのは音楽と演劇のバランスでした。


このサウンドノベルは演劇公演なのかライヴなのか?という問いに、
彼等は「コンサートである」と答えています。
しかし、蓋を開けてみると、演奏される曲自体も演奏のやり方も、
演劇パートのBGMという領域を出ていない。
オケピを無理矢理舞台上に引っぱり上げただけ、という感じがしたんです。
だから、BGMだけ延々鳴ってるかの様な演奏パートは聴いていて苦痛でした。
曲自体は綺麗だったんですけどね。


で、これは僕も肝に命じなければならない事だと感じました。
ストーリーとBGMが継ぎはぎの様に交互に行われる、
そんなつまらない状態に、下手をすると陥りがちなんです。
特に花掘レは演奏も会話も同じ3人でやりますから。
テンポが悪くなったり、「全部3人でやる意味なくね?」
ってなったりしそうです。
しかし、演奏者自身が演じる事こそ、この問題に対する
解答の一つであると僕は思う。

ストーリーに添える曲ではない。
ストーリーは演奏者自身にまつわるストーリーで、
それが観客に伝わる演奏者の心情を増幅させ、
その演奏が逆に物語の彩りになる。
心の動きを、台詞の変わりに音楽で表現してる様なもんだと
イメージして頂きたい。
そしてあくまで演奏者だから、次第に物語の中での心情を離れ、
目の前のセッションに没頭していく。
これは音楽家として自然な事です。
落ち込んでようが、弾き始めれば音に身を任せるだけです。
ここの微妙な塩梅が、音楽と演劇が融合する上での醍醐味となるでしょう。


3月4日に、花掘レの喜劇風味音楽ライヴ第3弾を行います。
今回はさらにガッツリ世界観が作り込まれる予定です。
ある理由で音楽を捨てた音楽家の物語。

兄弟3人が他人同士を演じる事の、
ある種の薄ら寒さは確かにあるでしょう。
そこをいかに乗り越えて、心地良い物語を作り出すか。
残り一ヶ月強、全身全霊で作り上げたいと思っています。
まだタイトルすら未定ですが、イメージはどんどん湧いています。
むしろ沸いています。
続報をお楽しみに!
 
 
 
posted by 吉田能 at 16:43| Comment(0) | 活動予報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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